港で大型船の横で動き回っているタグボート。名前ぐらいは聞いたことがある方も多いかと思いますが、あまり何をしているのか正しく知られていません。絵本でも港でタグボートが大型船を引っ張っているとタグボートの船尾と大型船の船首をロープで結んで引っ張っている絵をみかけますが、そのようなシーンはほぼありません。引っ張っているときに水先案内人(水先人・パイロット)が乗船しているということもありません。名前の通り大型船を横に引っ張ったり押したりは基本動作としてやっていますが、それ以外にも何をしているの?という部分をご紹介します。
  • 【押す】
    タグボートの最も基本となる動作は「押す」という作業です。タグボートは200トンほとの船体ですが、3000馬力以上の強力なエンジンを持っていて、見た目以上に力強く支援する大型船を押すことができます。押す方向には様々ありますが、基本的には大型船が自由に動くことができない横方向に押します。横方向に押すことで大型船を岸壁に近づけたり、向きを変えたりさせます。
    大型船を傷つけずに押すために、船首には大きなタイヤがいくつもクッションとして備えられています。このタイヤは、大型トラックのものや、航空機の車輪に使われたものだったりします。
  • 【引く】
    「押す」と並んで、もう1つの基本となる動作は大型船を「引く」というものです。タグボートを初めて知った方には、こちらのイメージが一番強いかもしれません。しかしよくイメージされるような、大型船の船首を船尾から伸ばしたロープで引っ張るような曳航ではなく、「押す」の逆方向で、大型船の船首や船尾から横に伸ばしたロープ(タグライン)を使って大型船を横方向に引っ張ります。そのようにすることで、大型船を岸壁から横方向に離したり、船の向きを変えることができます。
    このロープは、タグボート側のもので、作業前に大型船に近づきロープの先を渡します。
    タグラインは、急には止まれない大型船を港で減速させるために、船尾方向に伸ばして引っ張ることもあります。
  • 【押す+引く=まわす】
    この2つの基本動作「押す」と「引く」を組み合わせてできる動作が「まわす(回頭)」です。
    回頭とは船の向きを変える事ですが、港の中で入港したときの方向で接岸していた大型船は、出港の時には岸壁からある程度離したあとに、向きを180度変えないいけません。そのとき、船首と船尾にいる2つのタグが、片方は「押す」もう片方は「引く」をやります。そうすることで大型船はその場でぐるりと向きを変えることができます。左の写真では手前にいる白いタグが右方向に引っ張り、奥にいる赤マストのタグが左方向に押しています。横に進むことができない大型船にとっては、タグなしにはできない動きです。
  • 【フェリーにはサイドスラスターがありタグは不要では?】
    毎日何度も港に出入港し、回頭をするフェリーなどは横向きに移動できるサイドスラスター(バウスラスター・スタンスラスター)があり、通常はタグボートを使わずに向きを変えることが多いです。しかしこれらのサイドスラスターは大型フェリーでも15トン程度の出力しかなく、タグボートの50トンを超える力とは大きな差があります。そのため通常時にはサイドスラスターを使って向きを変える大型フェリーも強風時などはタグボートを1〜2隻手配することで、欠航することなく安全に離着岸をしています。タグボートの力が強いのでタグボートを使うと強風時でも通常時より素早く離着岸できることもあります。離着岸の作業時間を短めることは、突風などで姿勢が不安定なときに流されるリスクも減らすことにもつながります。
    コスト面を含めて、タグボートとサイドスラスターにはそれぞれメリット・デメリットがあります。速力が出ているときの動作や、動かせる向き、押し引きの切替の早さ、手配できる港など・・・。
  • 【進路警戒】
    タグボートの役割は、岸壁の前で大型船を押したり引いたりするだけではありません。港の中での大型船の安全をトータルでサポートします。
    入港する本船(大型船)をサポートするときは、基本的に港の外(入口)まで迎えに行きます。そして、本船がやってくると、本船の少し先を先導しながら岸壁に向かいます。これは、ただ岸壁に向かって誘導しているだけではなく、先導しながら本船にとっての危険(進路が交差しそうな他の船など)がないかをチェックしています。もし、リスクになりそうな小型船がいると、小型船に無線やスピーカーで大型船(本船)が来ることを知らせたりすれ違い方を依頼したり、本船にも小型船がいることを無線で報告します。
    2隻のタグで支援するときは、1隻は進路警戒、もう1隻は本船の近くで急な事態に備えて並走というパターンが多いです。
  • 【エスコート】
    進路警戒と似ていますが、本サイトでは「進路警戒」と「エスコート」を言葉で区別しています。基本的にこの2つが行っていることは同じで、本船(大型船)の前方を先導しながら本船にとっての危険(進路が交差しそうな他の船など)がないかをチェックしています。「進路警戒」が離着岸を支援する港の中で短距離サポートするのに対し、「エスコート」は狭く危険が多い海峡などで、離着岸に関係なく長時間、進路を警戒しながら先導する動作を指しています。エスコートを行っているタグボートの特徴としては、マストに紅白の吹流しを掲揚することになっています。
    この「エスコート」は瀬戸内海や東京湾、伊勢湾で多く見られます。本船のタイプによって異なりますが、瀬戸内海を航行するう大型ガスタンカーなどでは、和歌山県の友ヶ島水道から大阪湾内をずっとエスコートし、明石海峡を通って姫路港まで。山口県の柳井港では、大分県の豊後水道から柳井港までなど長時間の仕事になります。エスコートを行うタグはエスコートのみを担当することが多く、その後の離着岸作業には加わらないことも多いです。
  • 【エスコートの許可板】
    特に狭い海峡(来島海峡、備讃瀬戸、明石海峡、伊良湖水道、浦賀水道)では、それぞれの航路で国から免許をもらった専門のタグボートやエスコートボートがエスコートを行います。対象となる本船(大型船)がタンカーなど危険物を積んだ船のことも多く、タグボートの速力や消防設備の能力によって許可内容が異なっています。エスコートの許可について詳しくはエスコートボートのコーナーをご覧ください。
  • 【消防設備】
    船の火災などで、放水をする能力があるタグも多くいます。船舶火災で消化する船というと消防船と思われがちですが、消防船は大都市の港にしか存在せず、数が多い横浜港でも3隻、多くの港は1隻もしくはいません。その他に海上保安庁の巡視艇がいますが、多くの巡視艇の放水能力は高くなく、高度な消防設備を備えたものは数が少ないです。船舶火災の時に民間の船として数多く手配でき役に立つのが消防設備を備えたタグボートです。
  • 【気象状況を本船に報告】
    上の消防設備の写真でも最上部に写っていますが、タグボートには他の船と同じように風向風速計が備えられています。この風向風速計はタグ自身の安全のためだけではなく、本船(大型船)の安全にも役立てられます。風が強い日に、大型船の着岸を支援するとき、タグボートは着岸予定の岸壁付近に行きその時の風の強さを測って、沖を港に向かっている本船に無線で報告します。それを聞いて本船では場合によっては入港の延期などを判断します。フェリーなどでは、専用の岸壁・ターミナルがあり風速計もあるため、この役割はあまり重要ではありませんが、報告しているのを見かけることもあります。
    また、同様に濃霧が発生したときにも、岸壁付近でどれぐらいの視界があるかを確認して事前に報告します。
  • 【パイロット(水先人)の送迎】
    多くの大型船の出入港では、港で船長に代わって船を動かすパイロット(水先人)を乗船させます。写真のように、本船の横にあるタラップやはしごからタグボートに乗り降りします。
    パイロットさんの活動と、大型船を支援するタグボートはセットのようなものです。
    パイロットさんを本船(大型船)に送迎するのは、パイロットボートやタグボートの役目です。大都市の港湾では専門のパイロットボートがありますがタグボートを使うことも多く、また瀬戸内海のような広範囲で専門のパイロットボートがいない港では、タグボートがその役割を担います。このような港では、岸壁に止まっているタクシーの位置で、タグがパイロットさんを運んでくる場所が分かることも。
  • パイロットボートは小型のボートで大きく揺れるため、岸壁からパイロットさんを載せるときに、岸壁→タグボート→パイロットボートの順番で乗り移る時があります。タグボートはこんな役割も持っている港の縁の下の力持ちです。
    写真で分かるようにパイロットボートは小型で荒れた天気のときは揺れて本船に乗り移るのが危険なため、大型のタグボートが活躍します。東京湾の出口浦賀水道などには、タグボート型のパイロットボートもいます。
  • 【荷役警戒】
    ガスタンカー(LNGタンカー/LPGタンカー)が入港したときは、入港から出港までの間、ずっと24時間体制で万が一の事態に備えて消防設備を持ったタグボートが本船の近くで待機します。
  • 【客船や新造船を汚さないために】
    タグボートは、船首にあるタイヤをクッションにして押します。貨物船の多くは濃い色なので問題有りませんが、白色の美しい客船を押すときにタイヤの黒い跡がついてしまうことがあります。綺麗な船体に黒い跡がつかないように客船・フェリーや新造船を支援するときは、タグボートのタイヤにカバーをかけて汚れないようにします。
  • 白い船体を汚さないようにする方法はカバー以外にも、本船と接触する部分に水をかけて、滑りをよくする方法があります。あまり数は多くありませんが、この方法を使っているタグもいます。
  • 【曳航機能があることも】
    ここで紹介しているハーバータグには必ずしも必要な機能でなく、半分以上のタグにはありませんが、大型船の支援以外に物を長距離引っ張っていく曳航作業をすることがあるタグには、船尾にこのような曳航用のフックやロープがあることがあります。
  • 【Zペラ・ダックペラ】
    タグボートは、前後やカーブだけでなく、向きはそのまま真横に動いたり、その場で回転したり自由自在に動くことができます。車が横向きに動いたら驚くと思いますが、なぜ横向きに動くことができるのか?それは、普通の船(縦向きのプロペラと舵)と違い、360度どの向きにも回転することができるプロペラ2枚で動いているからです。タグボートには舵がありません。
    次々と動きを変えるタグボートは、ストップしている時もプロペラを止めずに、右のプロペラは右向きに、左のプロペラは左向きにと反対に水流を出して動かないようにしていることも多いです。
    写真がその操作盤ですが、真ん中の2つの円がそれぞれのプロペラの向き。右側と左側で逆向きになって止まっているのが分かります。
    このような推進器のことをZペラやダックペラと言います。現在のタグボート(ハーバータグ)の多くがこのタイプを採用しています。古いタグの中にはこれ以外の方法を使っているものもあります。
  • Zペラの部分です。左にある灰色の部分がエンジンから回転が伝わる部分で、円形になった床の下にZペラがあります。Zペラは船尾の甲板の上から入れるので、タグボートを上からみると2つの大きな円が見えます。
  • 【書類やトランシーバーの受け渡しには】
    タグボートと本船(大型船)の間で書類やトランシーバーを渡すときにはこんな虫取り網のようなものが使われます。原始的ですが、これが一番便利なようです。